『「都市計画」の歴史社会学――戦間期東京が描く近代都市の理想と現実』の合評会を、10月18日明治大学にて開催します。

 

 

趣意文

近代都市計画は、「都市」をどのように構想したのか。

そしていかにして、この構想へと人々を巻き込んできたのか。

中川雄大著『「都市計画」の歴史社会学――戦間期東京が描く近代都市の理想と現実』は、およそ100年前の戦間期東京を舞台に、行政、専門家、メディア、市民など多様なアクターの関係に注目しながら、都市計画が単なる制度や技術の次元を超え、「都市」という概念を創出し、社会を説得し、合意を形成しようとする実践でもあったことを描き出した。

本書評会では、都市工学・建築学、メディア論、社会学を横断しながら独自の都市論を展開してきた吉江俊氏(東京大学)、南後由和氏(法政大学)、近森高明氏(慶應義塾大学)を評者に招き、本書の意義と課題を多角的に検討する。戦間期東京の都市計画史をめぐる議論にとどまらず、現代都市における計画、公共性、専門知、生活空間のあり方、さらには現代における都市論のゆくえを学際的な視点から考える場としたい。

「都市」はいかに構想され、語られ、実現されてきたのか。またその過程で何が取りこぼされてきたのか。都市を語る言葉は、都市空間の形成とどのように関わってきたのか。そして、今私たちが生きるこの「都市」は一体いかなる意味で「都市」なのか。

近代都市/計画の歴史と現在をあらためて問い直す。本合評会がその機会を提供できれば幸いである。

文責:中川雄大・林凌

参加手順

対面参加・オンライン参加どちらを想定している場合でも、以下の参加登録フォームにて、事前に登録をしてください。

docs.google.com

 

合評会前日に、参加に関する要項ならびに、ZOOMのリンクをお送りいたします。

なお、登録フォームにおける対面・オンラインの選択は、あくまでも参加者数の概数を図るためのものであり、参加形態を確定するものではありません(つまり、当日の変更は可能です)。

開催要項

著者:中川雄大(明治大学)

評者①:吉江俊(東京大学)

評者②:南後由和(法政大学)

評者③:近森高明(慶応義塾大学)

司会:林凌(武蔵大学)

 

場所:明治大学駿河台キャンパス リバティタワー1011教室

日時:10/18(日) 14:00-18:00

ハイブリッド開催(対面・ZOOM)

 

タイムテーブル

14:00-14:05 司会趣旨説明
14:05-14:35 中川雄大氏による著作解説
14:35-15:00 吉江俊氏 コメント
15:00-15:25 南後由和氏 コメント
15:25-15:50 近森高明氏 コメント
15:50-16:00 休憩 
16:00-16:30 著者リプライ
16:30-17:00 評者再リプライ 
17:00-17:30 フロア質問(最大18時延長)
18:00- 懇親会

※合評会終了後、御茶ノ水・神保町近辺で懇親会を予定しております。希望者はフォームにてその旨ご連絡下さい。

なお、合評会はオンライン参加だが、懇親会は出たいという人、あるいは何か事前に相談されたい方は、林(ryo.hayashi(あっと)cc.musashi.ac.jp)までメールを下さい。

 

「瀬戸内海とはなにか ──批評・文学・日本の未来は〈四国〉にある」に出ます・なぜ出るのかの宣言文

イベント概要

林凌 × 山本浩貴 × 植田将暉
瀬戸内海とはなにか
──批評・文学・日本の未来は〈四国〉にある

genron-cafe.jp

当日話す予定の内容をまとめているうちに、一種のマニフェストじみてきたので前もって公開します。興味ある人は視聴してね!

 

出る理由1:瀬戸内海帝国主義に棹さす

〈瀬戸内海未来主義〉のコンセプトを「ゲンロンy」で拝読した際に思ったのは、四国というスケールの功罪である。東京に住んでいると、四国というものは縁遠く、人によっては韓国や台湾よりも馴染みが薄い、一種の辺境である。しかし、四国に居住経験がある方であればわかるように、四国4県は人口流動から気候条件に至るまで、その多くが異なる。

筆者は、徳島県の県南部に小学校6年生まで居住している(その後中高は福岡県筑後地方→大学は京都→大学院以降は東京)。1991年生のため、私にとって見に覚えがあるのは1990年代後半から2000年代前半の、ちょうど明石海峡大橋と徳島道が開通し、孤立していた徳島が急速に道路ネットワークシステムに組み込まれた時期の徳島だ。

この時期、徳島にはまだローソンとサークルKしかコンビニは進出しておらず、映画館は県内になかった。ちょうどケーズデンキあたりの家電量販店が進出してきて、話題となっていたのを覚えている。イオンモールも存在せず、フジグラン北島というのが県内唯一の大型ショッピングモールであった。

私が7歳から12歳まで過ごしたのは、阿南市北部の横見という場所である。那賀川と桑野川という一級河川に挟まれた中洲であるこの場所は、本当によく河川が氾濫し、水没した。運の悪い年には年に二回ほど水没し、用水路と道と田んぼの境目がなくなり、一面が湖のようになる。そこに盛り土の上に立てられた家々がぽつんと浮かぶ様は、どことなくカンボジアの水上集落を彷彿とさせた。

目立つ建物といえば雇用促進住宅の団地があるだけの、この疎らな農村集落は、いま思えば中心市街地に水を流さないための遊水地としての役目を引き受けていたように思える。数年前、久しぶりにこの地を訪れた時。かつては子どもがそこそこいた雇用促進住宅内の公園は、ろくに管理もされずに草茫々で、40代近い男性が一人、黒いゴミ袋を膨らませてリフティングをしていた。通っていた集落唯一の商店は当然潰れていた。

私が上記の細々としたことを覚えているのは、子供の頃から地理オタクであったことに起因しているが、このように長々と列挙したのはほかでもない。おそらく、〈四国〉なるものの姿は、東京から遠いから気づきにくいが、この半世紀にわたって、あるいはその内部で大きくその姿を違えていた。

実際、河川氾濫という問題は、瀬戸内海ではなく、荒々しい太平洋に面した、南海の気候に起因しているだろう。徳島とは川の県であり、すべてのものは水に流され消えてしまう。だから、下水道普及率は今なお全国ダントツ最下位で、洗濯排水が用水路に流れ込んだあと、すぐさま田んぼになだれ込む風景が随所で見られる(なので、徳島平野部の米はまずい)。

あるいは、所属していた少年野球団で、中学生となった先輩が遊びに来た際に、彼らが「松山まで映画を見に行った」と自慢をしていたとき。前述したように、当時徳島県民にとって神戸はいわずもがな、高松や松山は都会そのものであったが、その感覚はこのチェーンストアの本格進出とECサイト利用が一般化する前のこの時代に、急遽高速道路網が形成されたことによっているだろう。

当時の徳島県は、徳島市を中心としたスケール配列が急激に壊れ、関西圏を中心とした都市システムの中に完全に組み込まれる最中にあった。その只中で、徳島で生きるというのは自らが辺境の民であるということを自覚することとほぼ同義だったのだ。

まとめると、〈瀬戸内海未来主義〉には一種の帝国主義、すなわち瀬戸内海と四国を同一視しようとする磁場が認められる。しかし、それは言ってしまえば〈四国〉に内在するヒエラルキー、すなわち香川と愛媛が偉く、徳島と高知は偉くないという立場を肯定するだけでなく、後者の存在を不可視化するものであるように思われる。特に、徳島は瀬戸内海と言っても良い県北部(鳴門-徳島)と、太平洋に面した真の辺境たる県南部(阿南-海陽・海南)では大分風景や気風が異なる。

この後者の姿は、瀬戸内海という概念を通じて四国を捉えようとするとき、不可視化されるものだろうか。あるいはそうではないのか。私の過去の経験は、果たして高松や松山で幼少期を過ごした方と類似のものなのか。

出る理由2:辺境の開発主義を問う

横見に住む前、私は阿南市の津乃峰という集落に住んでいた。この集落と南にある橘集落の間には、「よんでん」--四国電力のこと--と電源開発が開発した大規模火力発電所が存在する。私が通っていた津乃峰小学校からは、小山を挟んだ先に煙突がにょっきりと突き出している姿がよく見えた。小学校の教師が家庭参観の際に、以下のようなことを言ったことを覚えている。「今日は煙が出ていませんね。出ているときは壮観なんですが」。

津乃峰集落は典型的な漁村集落だが、この発電所立地によって開発が進んだ地域であった。立派な鉄筋コンクリート造のビジネスホテルが一軒あり、ここの一人息子とは、同級生であったこともあり、しばしば遊んだ。国道(といっても片道一車線だが)沿いにあるラーメン屋や、当時徳島では珍しかったTSUTAYAなどにはしばしば親に連れられ良く行ったが、今思えばそれらは、発電所従業員である独身男性のための施設だった。

さて、この発電所は四国の住民のためにのみあるのではない。特に2000年に運転開始した橘湾火力発電所は、中四国地方最大の火力発電所だが、その大部分は紀伊水道をわたって関西側で受電されている。つまり、それはいわば大都市圏に居住する人々のための施設なのであり、構造的には福一や柏崎刈羽と大差ない。私が上記の発言を聞いた時は、おそらくこの地が開発バブルに沸き立っていたはずで、教師の態度はいわば保護者に対するリップサービスだったのだろう。

現在、私は淡路島における地域開発史を研究しているが、その歴史を見ると過去この淡路島-徳島が、辺境として関西圏から絶えず開発の対象として理解されていたことがわかる。淡路島には過去、三菱商事と東燃ゼネラルによる大規模石油備蓄基地立地計画や火力発電所立地計画があったのだが、これは明石海峡大橋と鳴門大橋に石油パイプラインを通す計画と連動したものだった。また、この石油備蓄基地-パイプライン計画と同時期には、蒲生田岬--四国最東端の辺境中の辺境-ーへの原子力発電所の立地計画があった(なお、この立地予定地は隠れた海水浴スポットで、良く親に連れられて行っていた)。これらの計画はいずれも地元住民の反対運動やオイルショック・原発事故により頓挫したが、もしすべてが成立していれば今とは全く異なった景色となっていただろうことは疑いない。

辺境に住むということは、単に何らかのサービスや「文化」から疎外されているというだけでない。辺境とは中心との関係により絶えず規定されるものである以上、そこに生きるということは常に中心への隷属を意識することにほかならない。そしてこの隷属は、間違いなく中心やその近くの郊外に生きる人々にとって見えないもので、個人の卑屈さなどに還元されて解釈されるものだろう(東京で私はそうしたことを数多く経験してきた)。中心とは、辺境により支えられているということを等閑視できるという意味において中心なのである。高群逸枝の『東京は熱病にかかっている』における「いやな憎い東京、私は東京を侮蔑する」という一節は、このことを表していると私は考えているし、私が左翼的な議論にシンパシーがあるとしたら、この点を少しでも説明してくれるからである。

淡路島は瀬戸内海の中でも風光明媚な土地である一方で、この絶えず辺境としての立場を常に与えられてきた。また、徳島県南は二重の辺境であるがゆえに、NIMBY施設の押し付け先として機能してきた面がある。私が少し考えてみたいのは、この辺境の開発史を、〈瀬戸内海未来主義〉という観点からどう考え直せるか、という点である。

出る理由3:J社会学と批評の今後

私は人文地理学を学部時代に勉強した後、社会学を学ぶために東大の学際情報学府というところに進学した。ただ、ここに進学した理由の半分は山師根性であり、端的に言うと物書きとして「一発当てる」ことが念頭にあった。

ここまでの記述からもわかるように、筆者は常に自分の存在を辺境という概念と結びつけて捉えてきた。そして、学部時代に研究者の研究会にお邪魔させて頂くうちに何となくわかったのは、人文地理学とはどうも辺境だということである。そこには素晴らしい知があり、情熱的な営みがあり、鋭い批判がある。しかし、その言葉はサークルの内部で空転するばかりで、外部に広がることがない。その空転は、いつしかしょうもない言葉を紡いでいるだけなのに、ヘゲモニーを握っている分野への怒りに結びつく。そしてそれは2010年代前半の京都においては、「J社会学」と「ゼロ年代批評」に他ならなかった。

J社会学という言葉の良くわからなさは取り敢えず脇に置くとして*1、結局ここで問題となるのは、東京を中心とした情報産業の覇権である。今思えば2010年代前半というのは1980年代以降に形成され、1990年代に全盛期を迎えたアカデミックな出版商品がまだかろうじてその領地を保持していた時代であった。徳島や福岡、あるいは京都からすら遠く思えたのは、この出版社とマスコミがつくりだす流通網であり、前述した怒りは、そこから疎外されている状況で生み出される批判は無効化されているという感覚により生み出されていた。

特に当時筆者が主たる論敵として考えていたのは、東浩紀・北田暁大の『東京から考える』であった。その論旨は端的に言えば、郊外の多様性なるものを論じているあなた達の目線は東京中心主義にすぎるというものだったのだが、この敵意は内容そのものというより、今思えばどのような知が広がるかという情報システムに対するものだった。当たり前だが、『徳島から考える』という本が当時出版されるわけはないし、たとえされたとしても話題になるわけはない。「新進気鋭」の思想家と社会学者が、東京大都市圏の郊外部で生まれたという事実を基軸として展開される対談本が、何らかの意味で社会批評じみた体裁で売り出されうるのは、私たちの知が東京中心主義を内在しているからにほかならないだろう。筆者が、上記した批判をしてもなお、〈瀬戸内海未来主義〉に乗るべきだと考えるのは、この点と関係している。

さて、他分野からいきなり殴り込んだとしても、話を聞いてもらえるわけはない。特に興味深かったのは、筆者が仮想敵としていたような問題は、東大の中では既に過去のものとなっていたということだった。2000年代の修論を新書化した学生は、博論が書けなくなっており、あれではもう駄目だと噂され、古市憲寿についての隠喩めいた批判が酒席で頻出する状況において、筆者の問題意識はもはや意味を持たない。つまり、「あんなものがくだらない」ことはもはや前提だったし、指導教官である北田暁大も次の研究テーマに移ろうとしていた(そのうちの一つが、『社会にとって趣味とは何か』である)。私たちは出版市場に踊らされるのではなく、社会学をより経験的エビデンスに基づく学術領野として再編しなくてはならない--この空気は、2010年代の東大社会学の基調にあったように思うし、今でも続いているように思う。たとえば、相澤先生のエントリなどはその空気と関係したものとして理解できる。

この空気の中で書かれたのが私の博論本の『〈消費者〉の誕生』で、これは東大の歴史社会学・言説分析・概念分析の歴史を真正面から引き受けながら、〈消費者〉の思想史・歴史研究としても、専門家にある程度納得してもらえる実証性を兼ね備えることをその目標としていた。それが上手く行ったかどうかについては不安が残るが、結局自分のこの仕事は、当初の消費空間や消費社会に対する問題関心を維持しつつ、東大なるものに対しどの程度まで迎合するかについての自分なりの回答であった。と同時に、社会学を経験的研究領野として位置づける試みそれ自体について、筆者は基本的にこれまで批判的であったことはない。J社会学は死んだし、社会学と現代思想(批評)の接続も死んだと思っていた。

この流れが自分の中で変わるのが2024年。武蔵大に就職した後、本格的に学生さんの教育に携わるようになってからである。ポスト1968以降の日本の大学は、かつて絓秀実が『大衆教育社会批判序説』で論じたように、学生をお客様扱いすることで、成長を阻害するシステムをビルトインしているが、この中で筆者は自分の「売り」に悩まされることとなった。つまり、当たり前のことだが、これまで筆者が格闘してきた問題系などには誰も興味がなかったのである。1都3県の実家住みで、親戚に誰も第一次産業に関わっている人がいない学生さんたちにとって、四国に代表される日本の辺境が究極的に縁遠い存在なのはわかっていたが、東大や霞が関といった中央も、それと同じくらい縁遠いものとして捉えられていたのはいささかショックを受けた。私はこれまで、日本には辺境と中央しかないと思っていたのだが、実際にはその間に透明な膜に包まれた空間(郊外)が茫漠と広がっていることをこのとき真の意味で初めて理解し、同時に『東京から考える』が何を論じたかったのかがわかったような気がしたのだった。

しかし、学生消費者主義が全面的に浸透した現代日本の大学において、孤高を演じるわけにもいかない。どうすれば、自分の関心と学生さんの関心に折り合いがつくのか。この点で筆者が手を伸ばしたのが、J社会学と現代思想(批評)であったのは皮肉と言う他ない。つまり筆者は、かつて自分が論敵としたものを糧として学生さんを指導し、飯を食っているということとなる。リトルプレスを学生さんと一緒に作り、サブカルチャー批評の方法を教える。どうもこれは一種の金塊らしいということに、気づいたのは2025年の夏あたりだった。

と、同時にこれは一種の戸惑いをもたらすものでもあった。J社会学は死んだし、社会学と現代思想(批評)の接続も死んだのではないのか?かつて東大で笑われていたものを、なぜ自分は今復活させようとしているのか。そしてそれが、なぜ今一部の学生さんにとって、魅力的に見えているのか。

実際、この考えは筆者の完全な曲解というわけではないだろう。文フリの参加者がうなぎ登りで、三宅香帆が紅白歌合戦の審査員となり、日記がブームとなっている現代において、どうも何かかつて「現代思想(批評)」とされていたもの、あるいは「J社会学」に託されていたものは一時かもしれないが再び輝きを取り戻しつつある。しかし、その間に経験科学としての道を進み始めた社会学は、この流れに対応するツールを持っていない。では、この半世紀に社会学が辿った歴史で打ち捨てられようとしたものを、どうすればもう少しマシな形で拾い上げることができるのか。そしてそれは一体なにを意味するのか?

この夏に中央公論新社から出す、『〈消費〉という謎--終わらない「神話」を終わらせる(仮題)』という新書の隠れたテーマは、この点にある。本書は社会学と現代思想(批評)が、〈消費〉という問題系を、1980年代以降ずっと共有し続けてきており、それにより様々な問題が生じていることを「〇〇消費」の分析を通じて論じようとするもので、方法論としては東大歴史社会学の作法におおむね則っている。しかし、他方でそれは、私たちがこのように何かを語り、批評し、意味づけたいということの欲望が、〈消費〉を通じてどのような変形を加えられてきたのか、そしてその退屈な繰り返しからいかに脱出できるのかということを主題としており、この意味においては過去、J社会学が問題としてきたことを取り上げようともしている。つまり、それは過去精算されたとされる知的ゴミ箱から、何か役に立ちそうなものを探そうとする試みなのだ。

以上の議論からわかってもらえればと思うが、私にとって〈瀬戸内海〉や〈四国〉を考えるということと、社会学や批評の今後を考えるということは、いささかグニャグニャはしているのだが、明確に繋がっている。当日はこの観点から、今まで述べてきたことをもとに議論を展開したいと考えているので、是非とも聞いて頂けると幸いである

 

 

 

 

 

*1:なお、J社会学という言葉が、こうした酒席で使われていたかと言えば、基本的にNOであったと思う。この言葉の初出は管見の限り2013年の宇野常寛による古市へのインタビュー記事における古市発言なので、もしかしたら2010年代の駒場で流行っていた言葉なのかもしれない。筆者は基本的に当時は本郷と学環の人としかつるんでなかったので、ここらへんはよくわからない。ここでは、1980年代以降の出版市場に最適化された、スター研究者の社会学的研究や書籍のことを指すと考えてもらえれば良い

第2回人文系リトルプレス市 in ジュンク池袋に出展・リトルプレスを頒布します

第2回人文系リトルプレス市概要

honto.jp

主催:ジュンク堂書店 池袋本店
協力:アレ★Club
2月22日(日)、23日(月・祝):両日とも12時~18時

※両日参加予定

会場:9F イベントスペース
入場料:無料

 

リトルプレス『KiKi』2026年号

テーマ『埒外』

本誌は、『埒外』を共通テーマにした学生・教員の企画記事(エッセイ)と、それぞれの研究テーマを背景とした書評記事により構成されています。総398ページ。是非とも手に取って下さい。

 

書影

目次

 

その他

  • 林は両日在籍しておりますが、ブースには詰めておりません。御用があるかたはブースに居る学生にお声がけ下さい。
  • 現状、オンライン販売をするかは未定です。是非とも当日お越しください。
  • DTPがなってないのは勘弁して下さい。

 

以下画像集

 

私大文系教員の給与について

書く動機

  • 教員生活2年目もほぼ終わり、他の教員の話を聞く機会も増え、だいたい相場感がわかってきたため
  • インターネット上の情報は扇動的なものが多く、正直役に立たないため
  • 大学教員の相場感をかつての私だったら知っておきたいと考えるだろうため

お断り

  • 「文系」というのに引っかかる人がいるかも知れないが、事実上大学教員のライフスタイルは実験系/非実験系で大きく異なり、これはおおむね理系/文系の区分に相当する。便宜的なものと捉えてほしい
  • あくまでも情報公開が趣旨である。なお、以下で開陳している情報は、公開情報だけでも調べれば到達が可能
  • 自慢だと思う人はいるだろう。でも、やはり情報源はたくさんあったほうが良いというのが筆者の立場。昔のインターネットは、優良な情報に無料でアクセスできた。かつての時代の雰囲気を、筆者は忘れたくない。このブログがすべて無料で公開している所以

筆者のスペック

  • 34歳都内非大手私大専任講師(テニュアトラック)
    • だいたい同じ年の准教授だと80万ぐらい上がると思ってほしい
  • 給与は人勧表準拠(ただしいくつか例外あり)
  • 子ども一名、持ち家あり(配偶者は被扶養ではない)

給与額(正確には2025年総支給額)

約880万円(扶養手当・住居手当込、通勤手当抜)

子どもがいない場合は、15万弱下がる。逆に賃貸住居の人は30万弱上がる

 

月額給与(人勧表準拠)

本棒 363600円(教育職(一)2級7号棒に相当)

地域手当 75020円(20%)

→合わせ438620円

 

その他手当(住居・扶養・職務) 約25000円

→総額約463000円

→12ヶ月で約560万円

 

賞与

夏賞与 1.25月+1.05月=2.3月

冬賞与 1.275月+1.0750月=2.35月

総計 4.65月

→おおよそ220万円程度

 

その他手当

諸々合わせ(入試手当+臨時調整金+個人研究手当等)、100万円程度

※私大の場合、3月に入試手当が出る大学がそこそこある。

 

この給与の相場感

  • 都内大手私大の給与は、某資料(調べれば出てきます)によれば、35歳准教授(家族・住宅手当抜)で800~900万円程度
  • 筆者の場合、諸手当抜きで850万円弱なので、人勧表準拠にも関わらず、大手私大と比較して遜色ない
  • なお、官製賃上げは若手偏重で実施されているため、人勧表準拠の場合45歳以降の伸びが悪く、50代教授職になると、150万~250万程度の給与格差が再び生じることには注意が必要

全体的性向

  • 伝統的に、給与ヒエラルキーについては大手私立と国公立大+人勧表準拠私大の間に厳然たる区分があるとされてきた
  • 他方、近年の官製賃上げにより、大手私大と国公立大(ただし反映できている大学に限る)の間の差異は減りつつある。特に、若手教員(~40)以下の場合、地域手当が20%出る大学と大手私大の給与格差はほぼ存在しない
  • 一方、いわゆる地域手当が少ない国公立大と、大手私大の間の給与格差は厳然としてある
  • 教授職については、人勧表準拠大学と大手私大の間で、厳然たる給与格差がある
  • 民間と比較した場合、筆者が新卒入社した会社の同僚と比較して、大きく給与は変わらない(労働時間はおそらくこちらのほうがだいぶ少ない)。ただ、転職組と比較すると、1.5倍~3倍程度の違いはあり、トップティア民間組との格差は文系でもある
    • ただし、筆者は平常時週3勤務で、年間2~3ヶ月がほぼフリーになり、10年に一回は業務免除となる、これより高給な仕事を日本では他に知らない
    • かつて鷲田小彌太が指摘したように、大学教員の良さは拘束時間や裁量がフリーランス並みにあるにも関わらず、給与水準が一定程度確保されている点にある。なので、稼ぎたいというよりは自分の好きに生活したい人に向いている。
    • ただ、本気で稼ごうと思えば、副業は自由なので、不可能ではない。実際筆者も、もし本気でそっちの方に振れば、+200万程度は可能ではないかと思っている(色んな信用を失うだろうからやらないが)

業務負担

  • 文系私大の場合、大手であろうとなかろうと業務負担はそれなりに存在する。特に国立の若手と比較すると、ポジションにもよるがコマ数・学務双方ともだいぶ異なると考えて良い
    • 筆者の場合、半セメスターごとに総勢60名弱の学生を少人数授業で指導している。また、初年度から重めの学務が降ってきた。ただしコマ数は半期5コマと私大の中では比較的少ない方
  • また、文系私大の場合一部を除いて大学院がほぼ機能していないので、教育において自身の研究と直結させるのには相当の工夫がいる。筆者はテーマや採用分野もあるが、これがほぼ出来ておらず、教育と研究はほぼ分離している
    • ここは理系(というかラボ系)と異なる。教員と学生の間には厳然たる区分があるのが私大文系。実際そうしないと教育が回らないという事情も大きい(全員の学生対応をこちらが満足するレベルで達成するには、時間がいくらあっても足らない)。
  • 他方で、基本的に定員を満たしている限りは経営側から教育研究に文句を言われず、予算も不足はあまりしないので、その意味では国公立大に比べ理不尽なことはない

結論

  • おそらく、現状は30代までは地域手当が比較的出る地域の国立大(+一部公立大)で助教職、30代後半以降に都内大手私大で准教授を狙うのが一番研究者としては幸せに生きられる
  • ただし、今後の少子化や大学改革がどう振れるかはわからないので、一寸先は闇
  • 筆者は、この10年間は国公立大→私大への流出が盛んであったが、2030年代は少子化による大手私大の本格的な経営不振+国公立大への(様々な思惑が絡んだ)テコ入れにより、この流れが再び逆流すると読んでいる
  • 大学教員は現状、正規職に限れば給与面で見てもそこまで悪い商売ではない。今から目指す場合でも、現状大丈夫な大学なら20年くらいは市況は変わらないはずなので、一考には値する(特に社会科学系は若手の人手不足が深刻)
  • ただまあ、現状ですら「でもしか」でなれる商売ではない点は注意が必要

『ネオリベラリズム概念の系譜 1834-2022』合評会を開催します

趣意文

2025年に新曜社より刊行された『ネオリベラリズム概念の系譜 1834–2022』の合評会を開催いたします。

現代の社会科学において、「ネオリベラリズム」あるいは「新自由主義」という語の使用はごく一般的になっています。またこうした学術的文脈を超えて、雑誌やSNS上などで「ネオリベ」批判などが見られることも、今や珍しくありません。他方で、こうした専門用語の一般化・拡散は、この言葉の有意味性そのものに対する疑問を生み出すようにもなっています。

本書は、こうした知的状況を背景に、西欧・北米における “neoliberalism” の概念史に正面から取り組んだ、稀有な著作です。自称/他称という観点を軸に、この言葉がたどった特異な歴史を描き出す本書からは、なぜ「ネオリベラリズム」が多様な文脈で用いられるようになったのか、その理由と経緯を知ることができます。

では、この理由を知ったうえで、私たちはこの言葉を用いて研究を進め、世界を論じることが可能なのでしょうか。あるいは、それが可能だとすれば、どのような手法・方法論・問題意識のもとにおいてなのでしょうか。

今回の合評会では、ネオリベラリズムに関する批判的研究を経済思想史/文化研究という異なる視点から展開されてきたお二人の研究者をお招きし、これらの問いをともに考えていきたいと思います。激動する現代社会の構造を、説得的かつ批判的に捉えるための研究はいかにして可能か──皆様と活発な議論を交わせれば幸いです。

文責:林凌

参加手順

対面参加・オンライン参加どちらを想定している場合でも、以下の参加登録フォームにて、事前に登録をしてください。

docs.google.com

合評会前日に、参加に関する要項ならびに、ZOOMのリンクをお送りいたします。

なお、登録フォームにおける対面・オンラインの選択は、あくまでも参加者数の概数を図るためのものであり、参加形態を確定するものではありません。

 

開催要項

著者:下村晃平(立命館大学

評者①:中山智香子東京外国語大学

評者②:河野真太郎(専修大学

司会:林凌(武蔵大学

 

場所:成城大学 3号館311教室

日時:8月31日(日) 13:00-16:00

ハイブリッド開催(対面・ZOOM)

 

タイムスケジュール

13:00-13:10 開会の挨拶・本会趣旨説明

13:10-13:40 著者説明

13:40-14:00 評者① 書評コメント

14:00-14:20 評者② 書評コメント

14:20-14:35 休憩

14:35-15:00 著者によるリプライ

15:00-15:20 評者による再リプライ

15:20-16:00 自由討論

※合評会終了後、小田急沿線で懇親会を予定しています。参加希望の方はお気軽にどうぞ。

なお、合評会はオンライン参加だが、懇親会は出たいという人、あるいは何か事前に相談されたい方は、林(ryo.hayashi(あっと)cc.musashi.ac.jp)までメールを下さい。

 

消費社会論・歴史社会学を学ぶ人のためのブックガイド

はじめに

本ブックガイドは、執筆者の所属する大学におけるゼミ選考を背景に作成しております。なので、執筆者の価値観が多分に反映されておりますし、執筆者の参画した本は入れておいてあります。

特に、消費社会論・消費史の日本のトレンドについては、私は結構批判的なので*1、その立場に立たない人からすると違和感があるかもしれません、が、セレクション内容そのものは、執筆者が関わったもの以外は納得いただけると思います。

 

 

各分野ごとブックガイド

消費社会論

消費社会論という分野は、そもそも学際的ということもありますが、あまり良い教科書が有りません。その理由の一つは、この分野が本質的に「価値」をめぐる問いと直結しているという点にあるといえるでしょう。社会学的に好ましいとされる「価値」をナイーブに前提してしまうと、途端に議論が平板となってしまうのです。

なので、残念ながらこの分野を学ぶうえでは、古典を教員などといっしょに読み、そこから自分なりの議論を立ち上げる必要があります。あるいは、社会学者よりも哲学者や倫理学者の議論のほうが示唆に富みます。

 

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現代社会を考える上で必須とも言える消費社会論の古典。ただ、いかんせん現代の研究所と同じ水準で読むことができないので、チューターが必須。

 

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同様に必須の古典。消費の欲望を個々人に内在するのでもなく、外部の構造から与えられたものでもなく、コミュニケーションの帰結として捉える立場は、現代でも有用。

 

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消費社会論の見取り図としては、本書が最もよくできている。イギリスダンディズムの研究書としても面白い。英語圏の古典である本書が日本でまともに紹介されてないのは、悲劇である。

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日本語で読める消費社会論の教科書としては、本書が最も適当かもしれない。ただ、いくつかの点の解釈は、納得し難い点もある。

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拙著。消費社会論か?という問題はありますが。近代日本における消費者像の追尾により、私たちの消費をめぐる観念を裏返すことを目的としている。

消費(者)史

消費(者)史とは、人々の経済的・社会的営みの歴史を、消費という観点から記述することを企図した領域です。この企図は、一見すると平凡そうに見えますが、実のところ結構困難なものでもあります。というのも、何を消費とみなすか、あるいは消費者という存在はどのような状態にあると捉えるのかは、結構な難題だからです*2。そもそも消費史という考えが、おおむね1970年代以降の産物だということは、このことを裏付けています。消費から歴史を語れるという考えそれ自体が、意外なまでの「思想の強さ」を必要とするわけですね。

この分野で、世界的に議論をリードしているのは、恐らくイギリスの歴史学者、フランク・トレントマンです。彼の議論は、グローバル・ヒストリーとしての消費史を考える上で重要です。はやく「モノの帝国」は翻訳が出てほしいのですが……

 

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イギリスにおける自由貿易をめぐる言説空間と、同時代的な消費文化の関係を問うた本。政治的主体としての消費者像が、いかにイギリス政治において重要だったかを指摘している。

 

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経済史というのは退屈になりがちな分野なのだが、ここまでやれればあっぱれというほかない。ただ、記述はあらも多い。これも翻訳されて欲しい本。

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いわゆる日本における消費史ブームの火付けとなった本の一冊。百貨店論としては今でも出色。

 

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日本流通史のテキストブックとしては、これが今んところ最新。消費史は流通史でもあることを如実に示す。

 

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日本消費史における消費者史の面を突いた本としては本書が最も良い。執筆者の博論は、本書の批判である。

都市研究(都市・地域社会学

ここ10年ぐらいでの進歩が大きい分野です。特に、執筆者が専門とする批判的都市理論に即した実証研究は、2010年ころはもう何が何やら、といった感じでしたが、近年訳書の整備などで、だいぶ見通しが良くなってきました。

この分野で重要な論者は、アメリカの地理学者であるニール・ブレナーです。彼の議論は、まあ難解というか、批判理論の悪いところが出ている文章ですが、それでも読む価値はあります。

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ブレナーの主著だが、やっていることは都市研究における理論の総括である。都市社会学/地域社会学/人文地理学という区分が意味を持たないことをよく示している。

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ジェントリフィケーション研究の古典。この手の本の中では、わかりやすい方である。

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執筆者も寄稿。一応、近年の批判的都市理論研究の潮流を追いかけた和文書としては唯一のはず。

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近年出た、都市・地域社会学に関係する研究書としては一番オススメできる。下北沢再開発という事例から、フィールドワークの難しさと重要さを明確に示している。

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教科書としてはこれが良いかな。おすすめ。

労働社会学

なぜ労働が消費を考える上で問題となるのか。消費されるモノ・サービスが、原則として誰かの労働の産物だからにほかなりません。そしてこの労働という問題は、多くの人々の関心を呼ぶものであり、ゆえに私たちの歴史は「いかなる労働が好ましい/好ましくないのか」を盛んに語ってきました。

労働社会学には、長い蓄積がありますが、ここではイギリスのカルチュラル・スタディーズの流れを受ける形で生成されてきた、文化産業と労働の関係を問う書籍を集めてみました。キーワードとなるのは「感情労働」です。それは「推し活」の裏であり、「就活」の裏でもあります。

 

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感情労働」概念の生みの親。いわゆる労働社会学における一つのエポックメイキング的著作

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こちらはどちらかというとよりカルチュラル・スタディーズっぽい。現代社会における労働者像のあり様を、批判理論的観点から分析している

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労働を巡るエスノグラフィ研究のなかで、「リッチ」な人々に対して注目したものは珍しい。「美」と「お金」の関係を考えるうえでも重要

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比較的低賃金なフリーランサー労働に着目した日本の研究書としては類書がない。これも現代社会特有の働き方に着目したものと言える。

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執筆者が寄稿しています。上述した話をダイジェスト的かつ総覧的に理解するのに良い。

歴史社会学

歴史社会学とはなにか?この問いに一言で答えることは困難ですが、日本の文脈においていうならば、以下のように論じることができます。それは、私たちの当たり前を、「歴史」という比較軸を通じて相対化しようとする試みであった、と。

ここではこの観点より、その代表格であるフィリップ・アリエスの「〈子供〉の誕生」(〈子供〉は中世ヨーロッパにおいて存在しなかったといわれて、みなさんは納得しますか?)と、日本における歴史社会学的研究のうち、皆さんの関心がありそうなテーマと関連する書籍を集めてみました。この分野はあまり教科書が無いため*3、初学者にはとっつきにくい分野なのですが、社会学的面白さが詰まった本が多い分野でもあります。www.kinokuniya.co.jp

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フランス現代思想(というかフーコー

もう「現代」じゃないよね(1960-70年代の議論が中心のため)というのがお決まりとなったフランス現代思想ですが、それでも社会学を学ぶうえでは決定的に重要です。というのも、日本語圏だろうが英語圏だろうが、基本的に1980年代以降の社会学というのは、フランス現代思想の影響を極めて強く受けているからです。特に、いわゆる社会構築主義的アプローチを考えるうえでは、この系譜を意識せざるを得ません。

この観点からすると、いちばん大事な論者は歴史学者ミシェル・フーコーでしょう。ただ、彼については原著よりもまず、解説書を読んだほうが良いです。私は修士時代、それで撃沈しました*4

 

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メディア論・メディア史

メディア論という分野は難しい。というのも、その対象・方法論が極めて多岐にわたり、全体像を見渡すことが困難だからです。新聞と漫画雑誌とCDを、同じ方法論で分析することはできるのか。結論から言うとできるのですが(メディア論・メディア史の特徴は、社会学と同様、対象ではなく方法論にあるため)、それを具体的に示すには、ここでは紙幅が足りません。

ここでは、音楽と特に関係するメディア史と、上記の点に意識的な教科書・論集に着目してセレクションしてみました。

 

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社会学理論・学説史

社会学の歴史的流れは、実のところある一つの夢を追いかけてきたプロセスとして考えることができます。それは総合科学としての、つまり、社会科学を統べる学問としての社会学という立ち位置です。戦後アメリカを中心とした、計量社会学の勃興を支えた夢。パーソンズに代表される理論社会学者の夢は、まさにこの点にあったと考えることができます。

こうした取り組みが失敗に終わった後、近年この夢を復興させる新たなアプローチが浮上してきています。それは、「当事者の論理」に沿った学問として社会学を位置づけることで、メタ社会科学としての立ち位置を作り出そうという動きを生み出しています。この動きを支えている両輪(正確には同じ立ち位置ではないですが)は、エスノメソドロジーとアクターネットワーク理論という名前で呼ばれています。

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研究方法論

歴史研究にせよ、フィールドワークにせよ、統計分析にせよ、学問としての社会学を行う上では一種の作法があります。こうした作法は「方法論」と呼ばれますが、それはある種の「研究の型」を提供しようとするものです。

ただ、一方でこうした研究方法論は読んだだけで身につくようなものでは有りません。実際に自分で調査研究に従事し、手を動かした時に初めて、血肉となるものです。なので、まずは自分の興味関心に沿って、自学自習を始めることが重要だと考えています。

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*1:両方の人からは一緒にするなって言われるでしょうけど

*2:消費社会論の困難も、この問題から派生するものとして捉えることができます。つまり、消費者の存在論をめぐる問いが、この分野においては必要不可欠ということです

*3:執筆者も寄稿している本がそのうち出るはずなのですが、音沙汰なし……

*4:『言葉と物』で挫折。まともに読めるようになったのは博士課程以降です