今更書いた論文の紹介をする①:「消費空間としての郊外を作り上げる――日本の小売店舗郊外化における知識ネットワークの役割」年報社会学論集 2017(30), 110-121, 2017

はじめに

 論文というものは書き手にとって長いようで短く、言いたいことがすべて言えるわけでもないし、さらにレビューワーの意見を取り入れるうちに自分の当初の思いと全然違う方に論が進んでいくという傾向がある。なので、備忘録も兼ねて、どうしてこういう論文を書いたのかとか、なんでこういう研究をしたのかという点を説明できればと思う。

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論文概略

  • D2の時に掲載された論文。投稿はD1の11月で掲載決定は4月。
  • 一番最初に投稿した論文かというとそういうわけではなく、修士時代に某雑誌に投稿してC→リジェクトをくらった論文と、D1の5月に投稿していた『社会学評論』論文があったので、3本目の投稿となる。
  • 内容はざっくりいうと、1960-80年代の商業コンサルタントの言説を通じて、「1960年代には取るに足らない場所としてみなされていた郊外に、1970年代以降小売業者が進出をしたのはなぜか」ということを知識移転の文脈から論じたもの。特に用いたテキストはお得意の雑誌『商業界』・『販売革新』で、主に取り上げた論者は倉本長治と渥美俊一
  • 上記の問いに対する回答としては、「都市空間の秩序に従って出店することが一般的であった商業立地において、1960年代コンサルタント経営学的知識をもとに異をとなえた。店舗パフォーマンスを実数ではなく地代比で見るべきであると主張したコンサルタントの議論を真に受けた小売企業が、郊外をビジネスチャンスであると捉え、進出し、拡大していったのである」という答えを返しました。
  • 商業空間の構造変化という1980年代以降社会学・地理学・都市計画などで扱われてきた論題を言説分析から論じた点は、今でも新しいかなと思う。というのも、既往研究では既存の都市の秩序をもとに、商業集積の変容を批判的に論じるきらいがあるから。そもそもそうした都市の秩序を所与のものとする視座を乗り越えることで、商業集積が変容してんだから、そこに同じ刀で殴ってもマジで意味ねーよなという批判でもあるんですね。この論文は。
  • しかしまあ、今どきはやりのトピックではないですね。方法論的観点を深める視点は当時ありませんでした。
  • たとえばこの議論はいくつかの既往研究につながりえて、ジェントリフィケーション研究における地代格差論の日本版実証研究であるともいえるし、ボルタンスキーがやってきたような経営知識の社会学的研究の一類型でもあると主張できたと思うんだけど、当時はそこまで思いつかなかったんすよねえ。

悲喜こもごも

  • とにかく書き上げるまでに苦労した論文。本論文は今まで書いてきた論文では唯一の修論からの切り出しを行った論文なのだが、A4で40ページぐらいかけて説明した議論を12ページに無理やり収め、かつ先行研究への寄与を大幅に変えざるを得なかったので、そこで4ヶ月ぐらいかかった記憶がある。修論博論と査読論文は違うということを学ばせてもらった論文。
  • タイトルはハッキングの”Making up people”のもじりで、当初は英語題目ももろにパクっていた。しかし今思えば(同種のタイトルにせよ)もっと良いタイトルはあったなあ…と。偉い先生の有名な論文をもじりたがるという、指導教官の悪い癖ばっか引き継いでんじゃないよという問題はあれど。
  • タイトルももじりだったので、実は当初「はじめに」のあたりで言語行為論みたいな話をしてたんですけど、同僚らにボロクソに批判され、案の定レビュワーからもボロクソに批判されたので、その部分は全て消えました。ちなみに批判は完全に正当でした。
  • 今でも治らない悪癖なんだけど、自分は「査読論文で扱いきれないクソデカ問題を提示して案の定解決しきれずに尻切れトンボで終わる」という傾向にあり、この論文でもそうしたきらいがありますね。